お仕事。それは、人にとっては人生にハリと潤いを齎すもの。人にとってはかけがえのないもの。人にとっては生きていくための糧を得るための条件。
私にとっては、人生勉強であり、自分の懐を潤すものであり、自分の心を深くするものであり、社会を知る場であり。でも、やっぱり雇っていただいているとは言え、こっちの希望もかなえて欲しいわけなんですよね。それがうまくいかないって、なかなかしんどいです。
先日、以前パートとして雇用された労働時間では会社側からなんだかんだとお給料から引かなくてはいけないので「中里さんの時間を減らしますので、よろしくね」と言われました。実はその日、週4日(1日5時間プラスフルタイム3日)から、もっともっと頑張れるようになるぞ!と出勤した日でしたので、心にはかなりきたものがありました。
他の人も減らされているけれど。中には引かれてもいいから沢山働かせてくださいと頼んだ人もいます。・・・って言うか・・・その人は「減らす?どうする?」と上から言われたそうです。私は一も二もなく「会社側から通達が着たから減らします」でした。
仕方ありません。人の言葉を借りれば『いたしかたあるまし』です。時々体調を崩し、未だに休んでしまうようでは。だから、今回も残してもらっただけいいと思え!そう思いました。ですが、ですが・・・・
同じ週4日でも、短時間3日とフルタイム1日では、・・・。本当に本当に、家に入れるお金もありません。貯金も貯まりにくい。職場の空気は悪くなっていく一方で、同僚は何人も辞めていったし、今も何人も辞めたがっているか、懸念している。仕事ができる出来ないに関わらず、あっちもやってこっちもやる、当然私も掛け持ちをしていて、掛け持ちしていない人は研修している新人さんくらい。
いたしかたあるまし。いたしかたあるまし。そう思いつつ、でも涙は家では見せられません。だけど事実は親に伝えなくてはいけないため、伝えると「なんでそうなるの!?」となります。私もそう言いたいけれど、所詮パートです。何も言えません。
私が引きこもりの時に全ての優しさを使い切ったから、母は以前「あんたの涙はもうダメ」と言いました。事実、以前の職場の時から、いえ、人生に復帰して高校でなにかあるような時から、私が泣くと反射的に母は拒否反応を起こして怒りました。たとえ冬に玄関で凍えていようと、動けなかろうと、泣いていたらそれだけでもう毛布もかけずに逆に押しのけ外に出かけ、夜まで帰ってこなかったりしました。母はそんな私には絶対に近づかないため、私は動けるようになるまで上着で堪え水筒のお茶で温まり、玄関横の私室に入って布団にもぐり体を温めます。1時間程したら胃に何か入れて、薬を飲んで本当に寝る。そんな段取りです。母は悪くない。どちらかと言えば私でしょうし。
でも、だけど、やっぱり未熟すぎるので、涙をこらえて一人で、独りで。というのはまだまだ出来ません。頬を伝うものがあります。
だから、今。この状況で。
自分の涙を受け止めてくれる人たちがいる幸せを感じます。
追伸:近日このブログに足を運んでくださるも、フリーズなどを起こされた方。足を運んでいただき、フラッシュかプレイヤーをダウンロードしてくださった方。双方共に、ご説明申し上げます。
ブログパーツとして、小さな熱帯魚が泳いでいる・・・という小窓をつけたのです。ですが、それは動作環境に大きく関わっていて、それが見られるよう何かをダウンロードしなければならなかったもので。それを付け加えたがために重くなり、あるパソコンはフリーズし、あるパソコンはインしつつダウンロードしつつ、足をお運びくださったんだと思います。
事情がどうであれ。全ての人に平等でないのであれば、いくら見ていて綺麗でもそれは私にとっては邪魔なものです。
上記の理由より、ココログパーツ・熱帯魚AQUAを取り除きます。フリーズした方、もう大丈夫です、ご面倒をおかけいたしました。わざわざダウンロードなさってくれた方、申し訳ございませんでした。わたくしの至らなさをお赦しください。深く深くお詫び申し上げます。
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